理化学研究所(理研)のスーパーコンピュータ「富岳」が、世界ランキングで首位になったことを受けて、理研および開発、製造を行なった富士通が23日、オンラインで会見を行なった。
富岳は「International Supercomputing Conference (ISC 2020)」で発表されたスーパーコンピュータの世界ランキングにおいて、LINPACKの実行性能を指標とした「TOP500」のほか、実際のアプリでよく使われるCG法のプログラムで性能を評価する「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」、低精度演算での演算能力を評価し、AI処理能力評価を行なう「HPL-AI」、超大規模グラフの探索能力で計算機を評価し、ビッグデータ分析などでの性能を示す「Graph500」の4部門において、いずれも2位に大差をつけて、世界1位を獲得した。
4部門で同時に1位を獲得したのは、富岳がはじめてとなる。また、理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「富岳が世界のトップレベルでいる期間は相当長いと考えている」と、長期的に1位に君臨することにも自信を見せた。
理化学研究所 計算科学研究センター フラグシップ2020プロジェクトの石川裕プロジェクトリーダーは、「Graph500での計測値は、6割程度のリソースを動かした段階のものである」とし、「富士山で言えば、8合目を過ぎたところ。まだ、振り返る段階ではない。8合目以降は、道がないところを歩くこともある。厳しい登山になることを想定しながら、気を引き締めて、2021年度からの共用開始につなげたい」と、今後の性能向上に向けて取り組む姿勢を示した。
さらに、松岡センター長は、「市販のCPUを購入し、スーパーコンピュータを作っていたら、この成果は達成できなかった。京の40倍の性能を発揮しながら、電力増加はわずか2.2倍。従来の米国製CPUの3倍の性能を発揮する。
スマートフォンに用いられる汎用Arm CPUの上位互換CPUを、ゼロから開発したことで実現したものである。圧倒的に性能が高く、圧倒的に消費電力が低く、そして汎用性があるCPUを開発したことで、日本の技術力を示すことができた。CPU開発で後塵を拝してきた日本の半導体産業の復興と言える」と宣言した。
会見で理化学研究所の松本紘理事長は、「四冠馬ならぬ、四冠機となった」と表現。「輝かしい成果が出たことにホッとすると同時に、うれしく思う。富岳は、名前のとおり、富士山のような高い性能と裾野の広い能力を目指したものである。言い換えれば、単にスピードが速いだけでなく、Society5.0に役立つようなインフラとして、AIやビッグデータ解析の分野でも優秀な性能を示すことを狙っている。
速さを競う演算能力で1位になったのは、京が1位になって以来、8年半ぶりである。ビッグデータ解析に関する性能でも1位になり、また、京が1位を取り続けたGraphでも1位となり、世界でもっとも探索に優れたコンピュータとなった。さらに、AIで力を発揮する面でも、ダントツの1位になった。
Society5.0を目指すということは、さまざまなアプリが動作することが求められる。多彩で、多種多様なアプリに対応するために、ソフトウェア開発とハードウェア開発を並行して行ない、ベストな性能を出すという努力をしてきた。これは、コデザインという手法であり、今回の栄冠を得たのはそのおかげである」とコメント。
さらに、「新型コロナウイルスの感染拡大のなか、予定どおり、5月に搬入が完了した。富岳が最初に取り組んだテーマが、新型コロナウイルス対策であり、どうやったら感染が防げるかといったシミュレーションを行ない、その成果が出ている。まだ性能を上げる余地があり、最大限の性能を引き出すことに取り組みたい。世界のトップに立ったことに慢心することなく、富岳の力を引き出す努力をしていく」と述べた。
富士通の時田隆仁社長は、「この結果をうれしく思う。富士通は、テクノロジを通じて価値を届けることを使命としてきた企業であり、富岳は自信を持って提供できる世界に誇れるスーパーコンピュータを作るという決意のもと、高性能と省電力を同時に達成し、高い信頼性と使いやすさを実現することに強いこだわりを持って、開発に取り組んできた。
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、部材の調達や工場の稼働への影響が危ぶまれるなかでの作業ではあったが、当初のスケジュールどおりに製造、設置することができた。今回の開発を通じて、改めて日本の技術力の強さ、モノづくりの強さを世界に示すことができた。
富岳には社会課題の解決に貢献するという重要な使命がある。新型コロナウイルスの対策に向けた研究開発は、富岳が目指す取り組みそのものである。
一方で、Hewlett Packard(Cray)とのパートナーシップにより、富岳に搭載しているA64FXを同社に販売している。富岳の開発目的の1つである、成果をグローバルに展開することも達成している。富士通のパーパス(存在意義)は、イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくことである。
富岳で培った技術やノウハウは、富士通のパーパスを実現する重要な基盤である。富岳の1日も早い本格運用に向けた整備に全力を尽くし、世界一を記録したスーパーコンピュータによって、持続可能な世界の実現に貢献する」と語った。
富岳は、石川県かほく市の富士通ITプロダクツで筐体の生産が行なわれ、2019年12月2日から理研の計算科学研究センターに搬入を開始。2020年5月13日に設置が完了。現在、ソフトウェアの整備や試験運用を実施しており、2021年度の共用開始を目指している。
ものづくり、ゲノム医療、創薬、災害予測、気象・環境、新エネルギー、エネルギーの創出・貯蔵、宇宙科学、新素材の9つの分野を重点領域として、コンピュータシミュレーションなどに活用されるほか、ビッグデータ解析やAIの領域でも積極的な活用が期待される。
今回の4分野における世界1位の獲得は、コンピュータシミュレーションだけでなく、ビッグデータ解析やAIにおいても、世界最高性能であることを示したものになる。
理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「国民が高い関心を持つさまざまな社会問題を解決していくことを目的に開発されたものである。そこで利用されるアプリは多岐多様にわたる。
Society5.0時代には、単なるシミュレーションだけでなく、ビッグデータ、AI、エッジコンピューティングなどもカバーしてなくてはならない。富岳はそれに応えるために、あらゆるアプリで最高の性能を発揮することを目的に開発したマシンである。
実質的にすべてのベンチマークで世界一になれたが、これはアプリで最高性能を出すために開発した結果であって、ベンチマークでトップを取るために作ったマシンではない」と富岳の基本方針について説明。
「2位に比べて、2.58倍から4.57倍の差をつけて圧倒的な性能を記録。しかも、現時点では、100%の性能をまだ発揮していない。富岳全体で15万8,976ノードの計算機が集約されているが、これはスマートフォン換算で2,000万台分に匹敵する。日本で年間に出荷されるスマートフォンの台数に匹敵する。また、サーバー換算では30万台に匹敵し、これもサーバーの年間出荷台数に匹敵する。富岳が2~3台あれば、日本のITをすべてカバーできる計算パワーを持っている」とした。
富士通の新庄直樹理事は、「4分野のベンチマークで圧倒的な差をつけて1位になったのは、富岳の高い性能を実証したものだと言える。最先端技術の採用により、アプリの高速化を実現したほか、ハードウェアからソフトウェアまでを自社開発することで省電力性と高信頼性を実現した。
また、ガラパゴス化しないためにスマートフォンやIoT機器で広く使われている業界標準のArmアーキテクチャを採用し、OSにはサーバーなどで広く利用されているRedhat Enterprise Linux 8.1を利用している。ここに富岳の特徴がある。
シミュレーションとデータ解析の両輪で社会課題の解決や、デジタルトランスフォーメーションを支えるインフラとしても利用できる。デジタル時代を迎えて、高いシミュレーション・AI処理能力を有する富岳は、さまざまな分野での活用ができる。
富岳は、搬入・設置にあたっては新型コロナウイルスの影響を大きく受けた。世界各地でのロックダウンの影響もあり、サプライチェーンの見直しや、代替品の国内製造などを検討した一方、設置時には、ハードウェア保守を除いて、リモート作業を行ない、複数の班に分けたり、動線を分けたりといったことも行ない、感染予防や影響の最小化を図った。通常、短期間でベンチマークを行なうためには、缶詰になって一カ所で作業するが、今回はすべてリモートで密接な連携を行なった」とした。
一方で、2019年11月の発表では、富岳のプロトタイプが、消費電力性能を実証するGreen500でトップとなったが、今回の発表では4位となった。
それに関して、理研の松岡センター長は、「汎用性を高めるほど、消費電力では不利になる。マシンが大きいほど不利になる。クルマにたとえれば、ピュアなレーシングカーは装備を省けるが、高級車は安全装置や快適装置がついて重くなり、燃費が悪くなるのと同じだ。
だが、性能ランキングでは2位以下に数倍の差をつけているが、Green500では、上位の特殊なマシンと比べても同じ水準にある。2割ぐらいの差しかない。実質的な運用面では差がない。富岳は、もっとも汎用性が高いものであり、そこで世界最高クラスの消費電力性能を持ったものを作れたと自負している。われわれの設計は正しかった」とした。
まだ本格稼働をしていない富岳だが、新型コロナウイルス対策の研究などに、すでに利用されている。4月から全体の6分の1の計算リソースを使って、先行的に利用できるようにし、その後、少しずつ利用できる性能を拡張しているという。
ここでは、創薬支援やウイルス解析などに利用する「医学的側面からの研究」と、電車内や室内、レストラン内での飛沫拡散のシミュレーションに使用するなど、感染拡大防止のための「社会的側面からの研究」に取り組んでいるという。
「京に対して100倍の性能向上を果たしたことで、数週間かかった成果を数時間で導き出せたという例もある。ここにも、さまざまなアプリを利用できるという富岳の特徴が発揮されている。大切なのは、こうした機会を損失しないで利用すること。待つことなく、機敏に利用し、それが国民の利便性につながることが大切である。新型コロナウイルス感染防止に向けて、今後も活用を増やしていきたい」(松岡センター長)とした。
ビデオメッセージを送った文部科学省の萩生田光一大臣は、「現在はまだ開発途中だが、こうした結果を獲得したことに、単純な計算性能だけでなく、多様なアプリに対応した富岳の総合力の高さが評価されたものだと考えている。全世界で新型コロナウイルス感染症への対応が迫られるなか、さまざまな苦労のなかで、開発に尽力したことに敬意を表する。
全面的な共用開始に向けた開発を着実に進めるとともに、世界トップの性能を社会で役立つ成果に結びつけることが重要となる。一部を利用して、新型コロナウイルス感染症対策に役立つ研究課題を推進しており、飛沫飛散シミュレーションなどの成果が創出されている。Society5.0を支えるイノベーション創出の基盤として、富岳の開発、運用を進め、社会に貢献する成果の創出に努める」とした。
ArmのIP Products Group担当プレジデントのRene Haas氏もビデオメッセージを送った。同氏は、「今回の世界最速のコンピュータの発表は、将来のハイパフォーマンスコンピュータ(HPC)を動作させるCPUを変えることを意味する。今後、Armが培ってきた電力効率の高いマイクロプロセッサと、HPCのインフラストラクチャーに必要とされる高いコンピュート要件を組み合わせて、継続的に提供することになる。これは偉大なエンジニアリングによる成果であり、世界最速のスーパーコンピュータとなったことを祝福したい」と述べた。
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2020-06-23 08:35:18Z
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